寺宝
浄土真宗 大谷派 東本願寺
親鸞聖人御遣第二十四輩第六番
開祖 成然上人 (貞永元年創立)
一谷山 妙安寺
住職 中村 成恵
住所 茨城県猿島郡境町一の谷498
電話番号 0280-86-5997
FAX番号 0280-86-6054
メールアドレス myouanji@dreams.ne.jp

親鸞の従弟・成然房が開祖
〔配流の身に聖人の教え〕

成然最初の寺
利根川を望む閑静な農村境町一の谷に、(成然)房を開祖とする一の谷山代法院妙安寺がある。妙安寺は二十四輩第六番、成然房の最初の寺であり、妙安寺境内から約五百米南の、旧当寺境内の銀杏の老木の下には、開基成然房の墓がある。建治三年(一二七七)の本廟創立文書に「さしまのじょうねんぼう」とあり、親鸞聖人門侶交名牒には「常然」と記されている。その示寂は永代法号録に「文永二年十月十日七十二歳」と載せられている。

形見の時刻像
開基成然房は、寺伝によると俗姓は藤原氏中村頼国という公家で、九条関白兼実の御家門と伝えられる。頼国は建保二年(一二一四)勅勘により配流の身となり、下総国幸嶋(さしま)郡境の豪族長五郎方に身を寄せた。その頃、親鸞聖人が稲田の地において御化道盛であることを聞き、従弟の縁にある聖人をなつかしみ、早速稲田に聖人を尋ねた。無実の罪により配流の身であることを申し上げ、たびたび聖人の庵室を尋ねて「本願他力の妙法は如来出世の本懐、凡夫直入の要路なること」との教えを受け、聖人の弟子となって、法名を「成然」と授かった。承久三年(一二二二)のことである。成然房は、境に立帰り長五郎館に三年居住し、その後貞永元年(一二三二)一野谷に庵室を結んで、一野谷山大法院妙安寺と号した。妙安寺の草創である。
聖人六十歳になり帰洛の折、別れを悲しむ成然房に「我がを懐かしく思う時は、この像を見給え」と、自刻像を形見として残された。成然房は妙安寺に、御名号と聖人の御影を安置し、阿弥陀如来の本願を信じ、二心なく念仏弘通に専念し道俗の教化にはげんだ。現在東本願寺にある聖人の御真影は、成然房拝受のものである。「弥陀タノメキガタキ人ヲマツホドニ形見ノスガタ残シテゾオク(親鸞)」成然房は、妙安寺開基から三十四年の後、文永二年(一二六六)十月十日に、七十二歳でこの地に寂した。

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